スペック信仰の上司に教える『ムーアの法則の終焉』

インテリ皮肉度
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あるある!こんなシチュエーション

「来年にはもっと速いマシンが出るから待とう」「CPUを最新にすれば全て解決する」ハードウェアの進化で全てが解決すると信じる上司。ムーアの法則はもう限界って知らないんですか?

実践!こう使え!

「新しいPCを買えば速くなる」と言われたら「ムーアの法則、もう終わったらしいですよ。半導体の物理的限界がどうとか」と技術話を振ってみる。

詳しく解説!雑学のコーナー

ムーアの法則は、1965年にインテルの共同創業者ゴードン・ムーアが提唱した経験則です。「集積回路上のトランジスタ数は18〜24ヶ月ごとに倍増する」という内容で、半世紀にわたってIT産業の成長を支えてきました。しかし、物理的限界に近づきつつある今、この法則は大きな転換点を迎えています。 ムーア自身は当初、この傾向が10年程度続くと予測していましたが、実際には50年以上も継続しました。1971年のインテル4004プロセッサは2,300個のトランジスタを搭載していましたが、2023年のApple M3 Maxは920億個のトランジスタを搭載。実に4000万倍の増加です。この指数関数的な成長が、現代のデジタル社会を可能にしました。 しかし、2010年代に入り、ムーアの法則は明確に減速し始めました。28nmから14nmへの移行には3年、14nmから10nmには4年、10nmから7nmには5年かかりました。インテル自身も10nmプロセスで大幅な遅延を経験し、かつては圧倒的だった製造技術でTSMCに遅れを取ることになりました。 物理的限界は明確です。現在の最先端プロセスである3nmでは、トランジスタのゲート幅は原子15個分程度。これ以上小さくすると、量子トンネル効果によってリーク電流が増大し、正常に動作しなくなります。また、製造コストも指数関数的に増加しており、3nmの製造ラインを構築するには200億ドル以上が必要とされています。 デナード則の終焉も重要です。トランジスタを小さくしても消費電力が下がらなくなり、「ダークシリコン」問題が発生しています。最新のプロセッサでは、全トランジスタを同時に動作させると熱暴走するため、常に一部を休眠させる必要があります。これにより、単純なクロック周波数の向上は2005年頃から停滞しています。 業界はムーアの法則後の戦略を模索しています。「More than Moore」として、3次元集積、チップレット、異種集積などの技術が開発されています。AppleのM1 UltraやAMDのRyzen Threadripperは、複数のチップを接続することで性能を向上させています。また、量子コンピューティング、ニューロモーフィックチップ、光コンピューティングなど、シリコン以外の計算パラダイムも研究されています。 ソフトウェアの重要性が増しています。GoogleのJeff Deanは「ムーアの法則の終焉は、より良いアルゴリズムとソフトウェアの時代の始まり」と述べています。実際、機械学習の分野では、アルゴリズムの改善による性能向上が、ハードウェアの進化を上回っています。GPT-3からGPT-4への性能向上は、主にアーキテクチャとトレーニング手法の改善によるものでした。 専用プロセッサの時代が到来しています。汎用CPUの限界を超えるため、GPU、TPU、FPGAなど、特定用途に最適化されたプロセッサが主流になりつつあります。Nvidiaの時価総額が1兆ドルを超えたのも、AI時代における専用プロセッサの重要性を市場が認識した結果です。 日本企業への影響も深刻です。「ハードウェアの進化待ち」という姿勢では、もはや競争力を維持できません。ソフトウェアの最適化、アルゴリズムの改善、システムアーキテクチャの見直しが不可欠です。トヨタがソフトウェアファーストを掲げ、ソニーが半導体事業を強化するのも、この変化への対応です。

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