回線速度だけ見る上司が理解していない『レイテンシーの壁』
あるある!こんなシチュエーション
「1Gbpsの回線にしたのになぜ遅い?」「帯域を10倍にすれば10倍速くなるでしょ?」通信の基本を理解していない上司。光の速度は変えられないって知ってます?
実践!こう使え!
「回線を太くすれば速くなる」と言われたら「光の速度は変わらないので、レイテンシーは変わりませんよね。物理法則の壁ってやつ」と雑学を装って。
詳しく解説!雑学のコーナー
レイテンシー(遅延)と帯域幅(バンド幅)の違いは、ネットワーク性能の理解において最も重要でありながら、最も誤解されやすい概念です。Andrew Tanenbaumの有名な言葉「Never underestimate the bandwidth of a station wagon full of tapes hurtling down the highway(高速道路を疾走するテープ満載のワゴン車の帯域幅を侮るな)」は、この違いを端的に表現しています。 物理的な限界は絶対です。光の速度は真空中で秒速30万キロメートル、光ファイバー内では約20万キロメートル。東京-ニューヨーク間(約10,800km)の理論的最小遅延は54ミリ秒。往復で108ミリ秒。これは、どんなに技術が進歩しても短縮できない物理法則です。実際のインターネットでは、ルーティングやプロトコル処理により、150-200ミリ秒程度になります。 帯域幅とレイテンシーの関係を水道管に例えると理解しやすくなります。帯域幅は管の太さ、レイテンシーは管の長さです。太い管(広帯域)でも、長い管(高レイテンシー)なら、最初の一滴が出るまでの時間は変わりません。1Gbpsの回線でも、1バイトのpingの応答時間は、56kbpsのモデムと変わらないのです。 TCPの仕組みがレイテンシーの影響を増幅します。Three-way handshakeだけで、レイテンシーの3倍の時間がかかります。さらに、スロースタートアルゴリズムにより、最初は送信ウィンドウが小さく、徐々に拡大します。高レイテンシー環境では、この立ち上がりが致命的に遅くなります。 衛星インターネットが良い例です。静止軌道衛星は地上36,000kmの高度にあり、往復で最小240ミリ秒の遅延が生じます。Starlink等の低軌道衛星でも20-40ミリ秒。どんなに帯域を増やしても、この物理的遅延は解消できません。オンラインゲームやビデオ会議では、この遅延が致命的な問題となります。 日本企業の海外展開でも問題が顕在化しています。本社のシステムを海外支社から使う場合、VPN経由で200-300ミリ秒の遅延が生じます。Webアプリケーションで100回の通信が発生すれば、20-30秒の待ち時間。帯域を10倍にしても、この時間は1秒も短縮されません。 CDN(Content Delivery Network)の重要性もここにあります。AkamaiやCloudflareは、世界中にサーバーを配置し、物理的距離を短縮することでレイテンシーを削減します。Amazonの調査では、ページ読み込みが100ミリ秒遅くなると、売上が1%減少することが判明しています。 5Gでも、レイテンシー削減は最重要課題です。4Gの50ミリ秒から、5Gでは1ミリ秒を目標としています。しかし、これは基地局との通信に限った話。インターネット全体のレイテンシーは、物理法則に支配されたままです。 エッジコンピューティングは、レイテンシー問題への現実的な解です。計算をユーザーの近くで行うことで、通信遅延を最小化します。自動運転車では、100ミリ秒の遅延が致命的な事故につながるため、車載コンピューターでの処理が不可欠です。 最新の研究では、量子もつれを利用した通信でも、情報は光速を超えられないことが確認されています。つまり、レイテンシーの壁は、現在の物理学では絶対的な制約なのです。
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