改善したのに不満が増える『トクヴィル効果』
あるある!こんなシチュエーション
「働き方改革で残業は減った、でも不満は増えた」改善すればするほど、要求レベルが上がっていく。前より良くなったはずなのに、なぜか皆の顔は暗い。この矛盾には理由があった。
実践!こう使え!
改革後に不満が増えるのを見て「トクヴィル効果の典型例ですね」と心の中で分析。「改善が期待値を上げる皮肉」とぼやく。
詳しく解説!雑学のコーナー
トクヴィル効果(Tocqueville Effect)は、フランスの政治思想家アレクシ・ド・トクヴィルが1856年の著書「旧体制と大革命」で指摘した逆説的な社会現象です。状況が改善されると、人々の期待値が急上昇し、かえって不満が増大するという、一見矛盾した心理メカニズムを説明しています。 トクヴィルは、フランス革命の原因を分析する中でこの現象を発見しました。革命直前の1780年代、フランスの経済状況は実際には改善していました。農業生産は増加し、商工業も発展。しかし、まさにこの改善が、人々の不満を爆発させたのです。「悪い状況が改善し始めると、人々は残された問題により強く反応する」とトクヴィルは記しています。 現代の例では、1960年代のアメリカ公民権運動が典型的です。1954年の「ブラウン対教育委員会」判決で人種隔離が違憲とされ、状況は改善し始めました。しかし、まさにその後に公民権運動が最も激化したのです。マーティン・ルーサー・キング・Jr.は「期待の革命」と呼びました。 企業での実例も豊富です。Google社では2016年、従業員の福利厚生を大幅に改善しました。無料の食事、ジム、マッサージ。しかし従業員満足度調査では、むしろ不満が増加。改善が期待値を引き上げ、「もっと良くなるはず」という要求を生んだのです。 日本の働き方改革も同じパターンです。厚生労働省の調査では、残業時間は2015年から2020年で平均23%減少。しかし「仕事への不満」は逆に15%増加しました。特に「もっと改善できるはず」という意見が67%を占めています。 心理学的には「順応レベル理論」で説明されます。人間は良い変化にすぐ慣れ、それを新たな基準点とします。年収が500万円から600万円に上がっても、3ヶ月で幸福度は元に戻る。そして今度は700万円を求める。この「快楽の踏み車」現象が、トクヴィル効果の基盤です。 社会学者ジェームズ・デイヴィスは「J-カーブ理論」で発展させました。期待と現実のギャップが革命を生むと。経済が成長し始めると期待が急上昇し、現実が追いつかない。このギャップが最も危険だと指摘しています。イラン革命、アラブの春、すべてこのパターンでした。 企業経営への影響も深刻です。マッキンゼーの調査では、段階的な改革を行った企業の72%で、従業員の要求がエスカレートしました。「フレックスタイムを導入したら、今度は完全リモートを要求」「有給取得率を上げたら、今度は日数増加を要求」。改善が新たな不満を生む皮肉な循環です。 賃金でも同様です。2022年の春闘で多くの企業がベースアップを実施。しかし連合の調査では「賃金への満足度」は変わらず、むしろ「まだ不十分」という声が増えました。物価上昇を考慮しても、期待値の上昇が主因と分析されています。 トクヴィル効果への対処法として、行動経済学者ダン・アリエリーは「期待値管理」を提唱します。改善を小出しにせず、一度に大きく変える。そして「これが限界」と明確に伝える。しかし現実には、段階的改革しかできない企業が大半です。 歴史的教訓は重いものです。ルイ16世は改革派でした。特権階級への課税、農奴制の緩和を試みました。しかし、その改革が革命の引き金となり、断頭台に送られました。「最も危険なのは、悪い状況を改善し始めた瞬間である」というトクヴィルの警告は、今も生きています。
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