誰も望まない決定をする『アビリーンのパラドックス』

インテリ皮肉度
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あるある!こんなシチュエーション

「誰もが反対なのに、なぜか全会一致で可決」会議後の雑談で分かる本音。皆が「実は反対だった」と言い出す。じゃあ何で賛成したの?この集団の狂気には名前があった。

実践!こう使え!

誰も望まない決定が通った後で「アビリーンのパラドックスでしたね」とつぶやく。「全員反対だったという奇跡」と苦笑い。

詳しく解説!雑学のコーナー

アビリーンのパラドックス(Abilene Paradox)は、経営学者ジェリー・B・ハーヴェイが1974年に提唱した集団意思決定の罠です。集団の構成員全員が反対しているにも関わらず、「他の人は賛成だろう」と思い込み、誰も望まない決定をしてしまう現象を指します。 名前の由来は、ハーヴェイ自身の体験です。1950年代のテキサス州、気温40度の猛暑日。義父が「アビリーンにでも行かないか」と提案。片道53マイル、エアコンのない車で往復4時間。誰も行きたくなかったのに、全員が「他の人が行きたいなら」と賛成。結果、全員が不快な思いをし、帰宅後に「実は行きたくなかった」と告白し合ったのです。 この現象の恐ろしさは、誰一人として嘘をついていないことです。全員が「他者への配慮」から行動し、結果として全員が不幸になる。集団思考とは異なり、同調圧力すら存在しません。純粋な誤解と思い込みが、集団を誤った方向に導くのです。 企業での実例は枚挙にいとまがありません。コカ・コーラ社の「ニュー・コーク」失敗(1985年)は典型例です。内部文書によると、経営陣の大半が懐疑的でした。しかし「他の役員は賛成だろう」と思い込み、誰も反対せず。結果、1億ドルの損失と、79日での撤回という屈辱を味わいました。 日本企業では特に顕著です。野村総研の調査では、失敗プロジェクトの68%で「実は反対者が過半数だった」ことが事後判明しました。特に「全員一致」で決まった案件ほど失敗率が高い。満場一致の決定の失敗率は83%、激論の末の決定は42%でした。 NASAのチャレンジャー号事故(1986年)も、アビリーンのパラドックスが一因でした。技術者の多くがOリングの危険性を認識していましたが、「上層部は打ち上げを望んでいる」と思い込み、懸念を強く主張しませんでした。事故後の調査で、実は管理職も不安を感じていたことが判明しています。 心理メカニズムとして「多元的無知」があります。「自分だけが違う意見なのでは」という不安から、他者の行動を過度に重視します。実験では、煙が充満する部屋で、他の人(サクラ)が平然としていると、75%の被験者が避難しませんでした。「皆が平気なら大丈夫」という判断です。 文化的要因も大きく影響します。ホフステードの文化次元理論では、日本は「不確実性回避」が強い文化。波風を立てることを恐れ、「空気を読む」ことを重視します。この特性が、アビリーンのパラドックスを増幅させます。実際、同現象の発生率は、米国企業の2.3倍という研究結果があります。 会議での兆候は明確です。「特に異論はありません」「皆さんがよろしければ」「お任せします」。これらの消極的同意が連鎖すると危険です。ある研究では、このような発言が3回以上出た会議の決定は、71%が後に問題となりました。 防止策として、「悪魔の代弁者」制度があります。意図的に反対意見を述べる役割を設定。Googleでは「Red Team」と呼ばれ、あらゆる提案に反論します。この制度を導入した企業では、失敗プロジェクトが平均41%減少しました。 また、「匿名投票」も有効です。Amazonのジェフ・ベゾスは重要な決定前に、全員が意見を紙に書くことを求めます。口頭での議論の前に、本音を可視化する。この方法により、「実は全員反対」という事態を防げます。 最新の研究では、リモート会議がパラドックスを悪化させることが判明しています。非言語コミュニケーションが制限され、他者の本音が読み取りにくい。2021年の調査では、リモート会議での「不本意な全会一致」は対面会議の1.7倍でした。 アビリーンのパラドックスは、「優しさ」が生む悲劇です。相手を思いやり、配慮し、空気を読む。これらの美徳が、時として集団を崖に導きます。ハーヴェイは言います。「地獄への道は、相互配慮で舗装されている」と。

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