重要な決定から逃げる組織の『拡張版自転車小屋効果』
あるある!こんなシチュエーション
経営戦略の議論が5分で終わり、社内イベントの企画に3時間。みんな本当は分かってる。大事なことから逃げて、どうでもいいことに熱中している自分たちを。
実践!こう使え!
重大な議題を避けて些細なことばかり議論する会議で「拡張版自転車小屋効果ですね」とため息。「大事なことから逃げてる」と小声で付け加える。
詳しく解説!雑学のコーナー
拡張版自転車小屋効果(Extended Bikeshedding)は、パーキンソンの凡俗法則をさらに発展させた組織心理学の概念です。単に「理解しやすい議題に時間をかける」だけでなく、「重要だが困難な決定を回避するために、意図的に瑣末な議題を作り出す」という、より深刻な組織病理を指します。 原典となったパーキンソンの観察では、原子力発電所の予算は数分で通過し、自転車小屋の予算で何時間も議論されました。しかし現代の研究では、これが単なる認知的限界ではなく、意識的な回避行動であることが判明しています。 2019年のMITスローン経営大学院の研究が衝撃的でした。Fortune 500企業の取締役会議事録を分析したところ、企業の存続に関わる議題ほど議論時間が短く、逆に「回避議題」と呼ばれる瑣末な案件が意図的に追加されていました。平均して、戦略的議題の3倍の時間が非戦略的議題に費やされていたのです。 日本企業での実例が特に興味深いです。ある大手電機メーカーは、主力事業の撤退という重大決定を先送りし続けました。その間、役員会では「社員食堂のリニューアル」「ロゴの色調整」「創立記念日イベント」などに膨大な時間を費やしていました。後の第三者委員会は、これを「集団的現実逃避」と結論づけました。 心理学的メカニズムも解明されています。重要な決定には責任が伴い、失敗のリスクがあります。一方、些細な決定なら失敗しても影響は限定的。さらに、瑣末な議題で活発に議論することで、「仕事をしている」という充実感を得られます。これを「疑似生産性」と呼びます。 スタートアップでも同じ現象が見られます。ピボット(事業転換)の決断を避け、オフィスのレイアウトやTシャツのデザインに熱中する。ベンチャーキャピタリストの調査では、失敗したスタートアップの68%が、重要な戦略転換の時期に、非本質的な活動に注力していました。 政治の世界では「デッドキャット戦略」として知られています。不都合な議題から注意を逸らすため、わざと物議を醸す瑣末な話題を投げ込む。イギリスの政治家は、Brexit交渉が行き詰まると、突然パスポートの色の議論を始めました。 大学も例外ではありません。少子化による経営危機が迫る中、教授会では「学食のメニュー」「駐車場の配分」「式典の服装規定」といった議題に何時間も費やされます。ある私立大学では、学部再編の議論を10年間先送りし、その間にキャンパスの芝生の管理方法について27回の会議を開いていました。 拡張版自転車小屋効果の恐ろしさは、組織全体が共謀することです。誰もが本質的な問題を認識しながら、暗黙の了解で瑣末な議題に逃げ込む。この「共謀的回避」が、多くの組織の衰退の真因となっています。
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