専門外のことは信じてしまう『ゲルマン健忘症』

インテリ皮肉度
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あるある!こんなシチュエーション

自分の専門分野の記事は「デタラメだ」と怒るのに、次のページの経済記事は素直に信じる。この不思議な健忘症、実は誰もが患っている。

実践!こう使え!

専門外の怪しい話を信じそうになったら「ゲルマン健忘症にかかってるかも」と自戒。「自分の分野だったら絶対信じないのに」と苦笑い。

詳しく解説!雑学のコーナー

ゲルマン健忘症(Gell-Mann Amnesia)は、作家マイケル・クライトンが2002年に命名した認知バイアスです。物理学者マレー・ゲルマンとの会話から着想を得たこの現象は、「メディアが自分の専門分野について誤報しているのを知りながら、他の分野の報道は信じてしまう」という矛盾した心理状態を指します。 クライトンは医師でもあり、医療記事の誤りに日々憤慨していました。「抗生物質でウイルスは治らない」という基本すら間違える記事を見て激怒。しかし、次のページの政治記事は疑いなく読んでいる自分に気づきました。専門分野での不信感が、なぜか他分野では「健忘」されるのです。 この現象は普遍的です。スタンフォード大学の調査では、各分野の専門家1000人に新聞記事を評価してもらったところ、自分の専門分野の記事の73%を「不正確」と判定。しかし同じ人々が、専門外の記事の81%を「概ね信頼できる」と評価しました。 IT業界でも顕著です。エンジニアは「AIが人類を滅ぼす」といったセンセーショナルな技術記事を嘲笑しますが、同じメディアの医療や経済の記事は信じます。逆に医師は、医療報道のいい加減さに呆れながら、IT記事の「量子コンピュータが全てを変える」という誇張は真に受けています。 日本のメディアでも同様です。ある調査では、専門家の89%が自分の分野の報道に「重大な誤り」を発見していました。原子力の専門家は原発報道に、経済学者は経済報道に、法律家は司法報道に不満を持っています。しかし全員が、専門外の分野では同じメディアを情報源にしているのです。 企業の意思決定でも問題になります。IT企業の経営陣が、技術的な誇大広告は見抜くのに、コンサルタントの組織論は鵜呑みにする。製薬会社が、医学論文は批判的に読むのに、マーケティング理論は無批判に受け入れる。専門知識があるはずの組織でさえ、専門外では素人同然になります。 学術界も例外ではありません。Nature誌の分析では、研究者の92%が他分野の論文の方法論的欠陥を見逃していました。物理学者は生物学論文の統計の誤用を、生物学者は物理学論文の数式の誤りを見抜けません。査読システムも、学際的な研究では機能不全に陥ります。 ゲルマン健忘症の原因は、認知的省エネです。全分野で批判的思考を維持するのは疲れます。また、「専門家がいるはずだ」という他者依存や、「自分が詳しくない分野は複雑で正しいはずだ」という権威主義も働きます。 皮肉なのは、この現象を知っても改善しないことです。クライトン自身、「私も未だにこの健忘症に苦しんでいる」と告白しています。メディアリテラシーを説く専門家さえ、専門外では無防備なのです。

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